丸久小山園は元禄年間、茶に適した宇治小倉の里で園祖小山久次郎が茶の栽培と製造を手がけたのが始まりです。
以来、代々にわたり、宇治茶の伝統と品質の改善に努め、四代後には茶の販売も手がけるようになりました。
その後、明治に入って八代目を継いだ元次郎が全国に販路を広げました。
その「品質本位の茶づくり」は、栽培から製造まで一貫して行われ、数々の賞や栄誉をいただき、
多くの人々に品質の丸久小山園と広く親しまれております。
人と茶の出会い
中国の伝説では、約5000年前に今日の漢方薬の基礎を築いたという帝「神農」が人の体に良い植物を見つけるために、
数多くの試食をし、茶の葉を解毒に用いたと伝えられています。
その後、多くの人々に喫茶が広まり、唐の時代には陸羽の有名な「茶は南方の嘉木なり…」ではじまる
「茶経」(760年頃)が出版されました。